句 栃木‘西那須野・黒羽線’(Nisinasuno Kurobane line)’ 西那須野駅〜大田原・黒羽出張所
From Otahara to Nisi nasuno
Photo point / Otahara
Day / ?
Bus no . No.1029
昔むかしのお話。
栃木の北、国鉄・西那須野駅から東に向かって穀倉地帯を走る鉄道がありました。
名前は‘東野鉄道’・・・・現在の東野バスの前身になる鉄道です。
途中、この地の名士・乃木元帥(日露戦争の時の軍司令官。‘旅順’のお話は知ってますか?)を祭った神社の参道を横切り、
箒川の支流・蛇尾川沿いに広がる城下町、大田原を経由。那珂川にぶつかった所にある、もう一つのちいさな城下町・黒羽まで。
穀物を積んだ木造貨車やローカルな客車を引っ張ってゆく蒸気機関車、
年季の入ったガソリン気動車などが、ゆっくりと行き来していました。
東野バス/西那須野・黒羽線は、鉄道線の跡に沿って走る国道400号+461号(黒羽街道)を通る路線。
城下町の雰囲気を漂わせる二つの街を、車窓に見せてくれます。
起点の「西那須野駅」。表になる西側は、塩原温泉への玄関口としてJRバスが発着し、観光客でなかなか賑やか。
それに比べ東野バスのロータリーがある東側は、「本当に東野鉄道の駅があったところなの?」と思うくらい閑散としています。
大田原方面から到着したバスに乗ってきたお客さんも、足早に駅舎の中へ。
ポツンと取り残された折り返しの黒羽行きに乗車です。
時刻表(JR時刻表 2002.08.31現在)
| 停留所名 | 運賃 | A | ||||||||
| 西那須野駅 | 円 | 745 | 940 | 1105 | 1210 | 1410 | 1610 | 1710 | 1800 | 1910 |
| 黒羽 | 730 | 819 | 1014 | 1139 | 1244 | 1444 | 1644 | 1744 | 1834 | 1944 |
A ・ 休日と第2・4土曜、8/13〜16、12/30〜31運休
| 停留所名 | 運賃 | A | ||||||||
| 黒羽 | 円 | 655 | 740 | 850 | 1045 | 1255 | 1345 | 1605 | 1650 | 1830 |
| 西那須野駅 | 730 | 729 | 814 | 924 | 1119 | 1329 | 1419 | 1639 | 1724 | 1904 |
上記運行便のほか、西那須野〜大田原営業所、西那須野〜大田原・国際医療福祉大学の区間便運行。
バスは発車すると、西那須野駅の北側を走る道へ。
「赤煉瓦前」で大山元帥(この人も日露戦争時の将軍。西郷隆盛の従兄弟です)の墓前を、
「乃木神社前」で乃木神社の参道前を通過。
鉄道は、もう少し北を通っていましたが、国道400号に出たあたりで左に、大田原の市街地まで並走します。
大田原のバスターミナルにもなっている「大田原」アイアイタウンエドヤは、元・東野鉄道大田原駅。
現在では前後に繋がる道が、なんとなく線路の跡・・・・くらいの名残しか残ってないようです。
周辺は大田原の官庁街。
城下町の中心‘辻’、金燈藤の交差点を黒羽方面へ曲がれば大田原城跡への下車停留所、「公園前」。
西那須野〜大田原間は区間便も多いので、ぶらりと散歩して見るのもいいかもしれません。
城跡を右手に通過して、蛇尾川を渡れば「蛇尾橋」。ここから東野鉄道線と離れ、バスルートは黒羽街道へ。
あとは黒羽までのどかな田園風景をたどって・・・・。
途中「八幡神社前」という停留所を通りますが、近くにある‘那須神社’は
あの源平合戦の雄、弓の名手・那須与一ゆかりの地。
毎年9月15日には例大祭が催され、神楽や獅子舞・与一をしのぶ流鏑馬が行われるとか。
俳人・松尾芭蕉もその話につられ(?)、‘奥の細道’の旅の途中で立ち寄っています。
終点「黒羽出張所」、やっぱり鉄道の駅の跡。といっても、こちらはな〜んにもないただの広場。
東野バスの路線は一昔前までさらに先、「清水内」・「須佐木」と小集落を経由して
臨済宗の名刹で名高い「雲厳寺」まで延びていました。
黒羽は松尾芭蕉が好んだ地。
‘奥の細道’の道中、最も長く滞在して多くの俳句を残した地です。
「黒羽出張所」から、街を南北に流れる那珂川を渡って黒羽の城跡のある高台に登れば、‘芭蕉の館’という記念館も。
見ていれば『旅の一句』でもひねりたくなったり・・・・しないかナ?
作っても、名句か駄句かは作者次第デス。
【Photoについて】
大田原営業所で、西那須野駅行きの方向幕を出して発車待ちの、貸切格下げNo.1029。
多分日産+富士重or日野+富士重(K-RV?)のバスだと思いますが、ちょっと不明です。
東野バスでは格下げ車に、東武バスや関東バスなどと同じような‘カンテラ’
(フロントの上に後付けされた方向幕)を取り付けるのが特徴。
これが付いてると、なんとなく愛嬌のある面持ちになるから不思議です。
那須や板室では珍しくなかった‘カンテラ’車ですが、大田原には少数派の路線バスでした。