空 〜‘モナドノックス’の尖端で「風の又三郎」が生まれた空を仰ぐ〜
岩手‘特急 水 沢 ・ 大 船 渡 線(exp Mizusawa Ohunato line)’
岩手県交通/水沢駅・水沢江刺駅〜種山ヶ原・世田米〜大船渡(須崎)
2006.03.31廃止
大船渡(須崎)発 水沢駅行
撮影場所/大船渡営業所 撮影日/ 1994.00.00(日付記録無し)
車番/岩22 か 1329
時 刻 表(岩手県交通 配布時刻表・県南沿岸地区版)1996.03.30現在
| 停留所名 | ||||||
| 1055 | 1255 | 1755 | 水沢駅 | 815 | 1120 | 1620 |
| 1109 | 1309 | 1809 | 水沢江刺駅 | 802 | 1107 | 1607 |
| 1143 | 1343 | 1843 | 種山 | 728 | 1033 | 1533 |
| 1158 | 1358 | 1858 | 大股(中井) | 713 | 1018 | 1518 |
| 1204 | 1404 | 1904 | 小股 | 707 | 1012 | 1512 |
| 1211 | 1411 | 1911 | 川口 | 700 | 1005 | 1505 |
| 1217 | 1417 | 1917 | 世田米駅前 | 654 | 959 | 1459 |
| 1233 | 1433 | 1933 | 日頃市駅前 | 638 | 943 | 1443 |
| 1242 | 1442 | 1942 | さかり(権現堂) | 629 | 934 | 1434 |
| 1251 | 1451 | 1951 | 大船渡(須崎) | 620 | 925 | 1425 |
* 各便とも水沢江刺駅で、水沢江刺駅発着の新幹線(東京便)と連絡。
【 route & photo 】
『春と修羅 第二集』異稿 ‘三六八 種山と種山ヶ原’より
この高原の残丘(モナドノツクス)
こここそその種山の尖端だ
炭酸や雨あらゆる試薬に溶け残り
苔から白く装はれた
アルペン農の夏のウヰーゼのいちばん終わりの露岩である
種山ヶ原は北上山地の中央部、江刺市と気仙郡住田町の境にある、牧場広がるなだらかな高原。
詩人・宮澤賢治は鉱物や地質の研究家だったことでも知られていますが、
種山ヶ原のある江刺郡一帯の地質調査に来たのは1917年8月28日・21歳の時。
詩集『春と修羅』にでてくる‘種山ヶ原’の詩は、その時の体験を不思議なイーハトーヴ語で書かれています。
岩手県交通/特急水沢・大船渡線は賢治ゆかりの‘種山ヶ原’を越え、三陸と内陸を2時間ほどで結ぶ路線。
北上山地に囲まれた盆地にある住田町から東京方面へ向かう人々にとっても大切な足。
時刻を見ても分かりますが、動きは沿岸→内陸が中心。
担当も内陸の水沢営業所(現・胆江営業所車庫)ではなく、全便大船渡営業所の運行になっていました。
午後の水沢便として大船渡営業所で待機する岩22か1329/いすゞCRA-580。
貸切から格下げされたハイデッカー車が増えてきた大船渡営業所で、最後まで気を吐いていたノーマルデッカー車の1台。
既に特急・一関線や急行・盛岡線からは退き、利用客の少ない特急水沢線を運用の場にしていたようです。
しかし古くなっても新幹線リレー路線の特急バス。
車内は比較的手が入れられ「まだまだ活躍できるぞ!!」と言いたそうな面構えで停まっていました。